過ぎ去った時間は戻らない。けれど、記憶は永遠。
舞台や本など、残しておきたい時をきまぐれに更新中。
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10月。離れて暮らしている子どもたちが、会社の寮から引っ越しをすることになり、防犯に対して異常なほど心配して、不安が押し寄せてくるようになりました。
そのことが頭から離れず、テレビや舞台、コンサートも心底楽しむことができず、引っ越し先で何かか起こったらどうしようと、悪い事しか頭に浮かばず、不安ばかりがつのって防犯サイトを検索してたり、防犯グッズを購入したり。
人からもそんなに心配しなくても、と呆れられるほどでした。
けれど自分では子どものことになったら、やっぱり私でも心配になるだくらいの気持ちでした。
子どもたちには、ほとんど親らしいことはしてないので、こういう時くらいは親として出きることをと思っていたから。
この頃すでに病魔は私のなかに巣くっていたのに、全く気付くこともなく、12月になりました。
休みの日、整体に行ったときのこと。
いつもなら先生との無駄な話も楽しいのに、ひたすらうっとおしく早く止めて帰りたいと思ったのです。
いつもとは違う違和感。
それが何なのか、不安を抱えつつ過ごしていました。
そんなある日、 お客様のクレーム対応で、そのお客様の前で手が震えて文字が書けなくなる事態が起こりました。
何とか手に力を込めて書きましたが、これまでにないことで不安が募ってきます。
けれど、歳をとってきて精神的に弱くなったきたのかもと、上司に笑って報告しました。
でも本当はこの時に色々聞いて貰いたかったのかもしれません。
一人で動く仕事をしていたし、男性ばかりの職場で、仕事の悩みを相談できる人がいなかったのは、やはり辛かったですね。
任されたプロジェクトも白紙になったり、乗り越えられない壁が目の前にありました。
そして2015年。正月。
子どもの所で過ごして帰るという日。
明日から仕事だというのに、風邪を引いたのです。
子どもに病院へ付き添ってもらい、薬を処方してもらいました。
そして、子どもの家に帰ったのですが…。
とにかく落ち着かないのです。
ソワソワしてじっとしているのがツラい。
直ぐにでもここから出たい。
息苦しさを感じました。
なんとか取り繕い、帰途に付きました。
電車に乗っている間、頭の中でノイズが鳴っているような感じで不快でした。
とにかく早く降りたくて仕方ありませんでした。
こうして大きくなる不安を抑えて家に帰りました。
動悸が続き、呼吸がうまくできなくなり、眠れない日々が続きましたが、週末に会議があり、その準備もあったことと、休暇の後に休むことへの罪悪感もあり、休まずに仕事は行いました。
会議が終わったあと、ほっとしたのか症状がひどくなり、翌日は休みました。
寝床ではひたすらスマフォで検索していました。
動悸がする。息苦しい。鼻がつまる。喉の痛み。などなど。
じっと寝ていればいいのに、検索することを止めることができません。
夕方になり、動悸を打つ音が早くなり響きわたるような感じになりました。息も苦しくなり、手が強ばり、これはヤバいと流石に感じて、急いで着替えてタクシーで救急外来に行きました。
その日は土曜日で人も多く、座るとこすら無いような状況でした。
なんとか受付をしましたが、手の震えが止まらずからだに力が入らなくなり、受付のカウンターで倒れかけてしまいました。
ちょっとしたパニックをおこしたのですが、命にかかわる訳ではないので、車イスに座らせてもらい、ひたすら順番を待ちました。
その間に気持ちも落ち着いてきて、手の震えも強ばりもなくなりました。
診断は風邪で薬も今飲んでいるものでいいとのこと。
ただ、不安なら点滴打つくらいなら、と言われたのでお願いしました。
看護師さんに、辛いですね、氷枕しましょう。と言ってもらって、心底ほっとしました。
病院にいて、看護師さんがいるだけで安心できたのです。
翌日からは、仕事に行きました。
家で寝ているより、会社にいる方が安心して居られる感じがしていたのです。
けれど、自分の中の違和感がどんどん大きくなり、更年期障害だと確信して、専門の病院へ行くことにしました。
まだ、続きます。
そのことが頭から離れず、テレビや舞台、コンサートも心底楽しむことができず、引っ越し先で何かか起こったらどうしようと、悪い事しか頭に浮かばず、不安ばかりがつのって防犯サイトを検索してたり、防犯グッズを購入したり。
人からもそんなに心配しなくても、と呆れられるほどでした。
けれど自分では子どものことになったら、やっぱり私でも心配になるだくらいの気持ちでした。
子どもたちには、ほとんど親らしいことはしてないので、こういう時くらいは親として出きることをと思っていたから。
この頃すでに病魔は私のなかに巣くっていたのに、全く気付くこともなく、12月になりました。
休みの日、整体に行ったときのこと。
いつもなら先生との無駄な話も楽しいのに、ひたすらうっとおしく早く止めて帰りたいと思ったのです。
いつもとは違う違和感。
それが何なのか、不安を抱えつつ過ごしていました。
そんなある日、 お客様のクレーム対応で、そのお客様の前で手が震えて文字が書けなくなる事態が起こりました。
何とか手に力を込めて書きましたが、これまでにないことで不安が募ってきます。
けれど、歳をとってきて精神的に弱くなったきたのかもと、上司に笑って報告しました。
でも本当はこの時に色々聞いて貰いたかったのかもしれません。
一人で動く仕事をしていたし、男性ばかりの職場で、仕事の悩みを相談できる人がいなかったのは、やはり辛かったですね。
任されたプロジェクトも白紙になったり、乗り越えられない壁が目の前にありました。
そして2015年。正月。
子どもの所で過ごして帰るという日。
明日から仕事だというのに、風邪を引いたのです。
子どもに病院へ付き添ってもらい、薬を処方してもらいました。
そして、子どもの家に帰ったのですが…。
とにかく落ち着かないのです。
ソワソワしてじっとしているのがツラい。
直ぐにでもここから出たい。
息苦しさを感じました。
なんとか取り繕い、帰途に付きました。
電車に乗っている間、頭の中でノイズが鳴っているような感じで不快でした。
とにかく早く降りたくて仕方ありませんでした。
こうして大きくなる不安を抑えて家に帰りました。
動悸が続き、呼吸がうまくできなくなり、眠れない日々が続きましたが、週末に会議があり、その準備もあったことと、休暇の後に休むことへの罪悪感もあり、休まずに仕事は行いました。
会議が終わったあと、ほっとしたのか症状がひどくなり、翌日は休みました。
寝床ではひたすらスマフォで検索していました。
動悸がする。息苦しい。鼻がつまる。喉の痛み。などなど。
じっと寝ていればいいのに、検索することを止めることができません。
夕方になり、動悸を打つ音が早くなり響きわたるような感じになりました。息も苦しくなり、手が強ばり、これはヤバいと流石に感じて、急いで着替えてタクシーで救急外来に行きました。
その日は土曜日で人も多く、座るとこすら無いような状況でした。
なんとか受付をしましたが、手の震えが止まらずからだに力が入らなくなり、受付のカウンターで倒れかけてしまいました。
ちょっとしたパニックをおこしたのですが、命にかかわる訳ではないので、車イスに座らせてもらい、ひたすら順番を待ちました。
その間に気持ちも落ち着いてきて、手の震えも強ばりもなくなりました。
診断は風邪で薬も今飲んでいるものでいいとのこと。
ただ、不安なら点滴打つくらいなら、と言われたのでお願いしました。
看護師さんに、辛いですね、氷枕しましょう。と言ってもらって、心底ほっとしました。
病院にいて、看護師さんがいるだけで安心できたのです。
翌日からは、仕事に行きました。
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けれど、自分の中の違和感がどんどん大きくなり、更年期障害だと確信して、専門の病院へ行くことにしました。
まだ、続きます。
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関谷綴
性別:
女性
自己紹介:
ヨーロッパをゆっくりと旅行したい
▼趣味
舞台を観ること
歌うこと
お芝居すること
本を読むこと
占いをすること
まどろむこと
▼好きな言葉
終わりよければすべてよし(最期は笑って人生を終わりたいので)
冬来たりなば春遠からじ(辛い時はいつもこの言葉を思い出します)
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ケ・セラセラ(なるようになるもの。人生捨てたもんじゃない!)
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▼好きな花
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▼好きな色
紫
▼夢
ヨーロッパをゆっくりと旅行したい
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